赦すことで相手が恐くなくなった女性の実話

今日は、私が実際に目撃したあるエピソードをヒントに「赦す」とはどういうことかについて考えてみようと思います。

都内にいくつかのオシャレな雑貨店を運営するある会社で、新店舗の企画をお手伝いしていたときの話です。Aさんという30代の女性社員から次のような相談を受けました。

「私は今回、新しくオープンするお店に入ることになりました。そのこと自体はとてもうれしいのですが、以前からものすごく苦手だったBさんもスタッフに選ばれたそうなんです。どうすれば、彼女とうまくやれるでしょうか?」

詳しいことを聞いてみると、AさんとBさんは5年ほど前に同じお店で働いたことがありましたが、何から何までことごとく意見がかみ合わず、いつしかふたりの仲は、修復できないほど険悪な状態になってしまったとのことでした。

ただ、このときは、1年ほどしてBさんが他の店舗に異動になったことで、自然とAさんの悩みはなくりました。その後も、会社の忘年会などでBさんと顔を合わせる機会があっても、なるべく彼女には近づかないようにしていたそうです。

そんなふたりが、再び同じ職場で働くことになるというのは不思議な因果だと思いましたが、Aさんにとってはそんな呑気な話ではなくまさに死活問題です。

このことを私に相談しながら、手が震えるほど恐がっていたのをいまでも鮮明に覚えています。

すでに拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』で書いたことを実践していた私は、過去のいきさつをできるだけ水に流し、「意味づけ」を手放してBさんの「恐れや不安」を見つけることなどを提案しました。

Aさんはかなり本気でそれらのメソッドを実践してくれたようで、ある日、こんな報告を受けました。

「自分でも驚くほどBさんが恐くなくなりました。そうしたら、あの子の態度もずいぶんと変わってきて、まだ一度ももめていないどころか、めちゃくちゃ仲良しになれたんです!」

私が「それはよかった!」と安心したのもつかの間、新店舗のオープンが近づくにつれて、Bさんの様子が急変します。

以前からAさんが苦手だと感じていた、

「とにかく心配性で、細かいことをあらかじめ決めておかないと気が済まない」
「自分の考えが正しいと主張して譲らない」
「ここのやり方はぬるいと、全体の方針をとことん否定する」
「誰に対しても、メールで辛辣な批難の言葉を送りつけてくる」

などの行動が、一気に噴出してしまったのです。

そのことを私に話しながら、やはりAさんの手は震えていました。顔からは生気も消えていて、彼女の中にかつての恐怖が戻ってしまったのは明らかでした。

私は、とにかくBさんを恐がるのをやめて、彼女の中の焦りや、テンパっている心の部分を見てあげてほしいとアドバイスしました。

けれども、Aさんの受けた衝撃があまりに大きかったため、頭ではわかっていても、それを実行するのは難しいと感じているようでした。

それでも、Aさんがなんとかグッドバイブスでいようと試行錯誤を繰り返すなか、新店舗はオープン前日を迎えます。

もちろん、やることは山積みで、夜になっても準備はまったく終わりません。Aさんも含めたスタッフ全員が、「たぶん、この調子だと徹夜になるな」と予感し始めたそのときでした。

なんと、あれだけまわりに厳しいことを言ってきたBさんが、「体調がわるいので今日はもう帰ります」と店長だけに告げて、スタッフには何も言わずに帰宅してしまったのです。

Aさんはすぐに私にメールを送ってきました。

「あれだけ偉そうなことを言っていたのに、ありえないです! もうどうやってもBさんとはうまくやっていく自信がありません!」

その言葉には怒りと憤りと、自分のやってきたことがすべて裏切られたような、深い悲しみが込められていました。

翌日、オープンしたてのお店を訪れた私は、衝撃の光景を目にします。徹夜明けで忙しく動き回る他のスタッフから離れたところに、Bさんだけがポツンと立ち尽くしているのです。

私はすぐに「ああ、昨晩の件でみんなBさんに怒っているんだな」と察知しました。他の人の思いもAさんのメールに書かれていたこととまったく同じだったわけです。

私はしばらくのあいだ、Bさんの様子をじっと見ていました。何かを手伝おうとしながらも、それを受け付けてくれない仲間の反応にとまどいながら、金縛りにあったように目だけがキョロキョロと動いています。

数分後、商品の補充のために段ボールを抱えて来たスタッフを見つけたBさんは、「あ、それ手伝おうか?」と声をかけました。おそらく、最後の勇気を振り絞ったひと言だったと思います。

Bさんよりも年下の若い女性は彼女の顔も見ずに、「あ、大丈夫です。これ私の仕事なんで」と、その申し出を冷たく、かなり意地悪に拒絶するのです。Bさんは何もできず、ただうつむきながらまたもとの位置に戻っていきました。

Aさんをのほうを見るとすぐに目が合って、彼女もこのやり取りをしっかりと目撃していたことがわかりました。私は親指で入り口を指し、一緒に店の外に出るように合図しました。

「いまの見た? どう思った?」

私はAさんにたずねましたが、だまって下を向いています。私は続けました。

「いま、Bさんは地獄にいるよね。そして、お店のみんなは自業自得だと思っている。Bさんが地獄にいて当然だと思っている。君もみんなと同じなのかな?」

Aさんはこう答えました。

「いまの感じはすごく気持ちわるいです」

私はさらに質問します。

「オープン間近のBさんの様子を思い出してみて。いまなら、彼女が何を恐がっていたか理解できないかな? 焦っていたし、ビビっていたでしょ。それが原因で、昨日は本当に具合がわるかったのかもしれない。たしかに彼女の対応には問題があったと思うけど、その罰としてこんな地獄を見なければならないのかな?」

Aさんは涙ぐみながら「いえ、それは違うと思います」と言ってくれました。

「君は最後まであきらめずに、彼女との関係をよくしようと努力してきたよね。君なら、いまBさんが見ている景色を変えられるんじゃないかな?」

涙ぐんだまま少し微笑んだかと思うと、

「なんかわかった気がします。やってみます!」

そう言ってAさんはお店の中に戻って行きました。

私はその様子を外から眺めていました。Aさんが孤立したままのBさんに話しかけると、Bさんは少し安心した表情を浮かべ、すぐにAさんに頼まれたであろう仕事をやり始めました。

もちろん、映画やドラマと違ってこれでハッピーエンドとはいきません。その日の打ち上げには、やはり体長不良を理由に、Bさんは参加しなかったそうです。

私の仕事もこのお店の開店までだったので、その後、Bさんが仲間の信頼を回復できたかどうか、詳しいことはよくわかりません。

ただ、しばらくして来たAさんからのメールには、

「あれからBさんとは何とかうまくやれていますw」

と、うれしいメッセージが書かれていたのはたしかです。

さて、今日の話はこれで終わりです。実際の会社と人物が登場するのでディテールは大幅に変えていますが、なるべく事実を忠実に再現してみました。

おそらく、Aさんはこのオープンの日に、Bさんが見ていた景色を少しは変えられたのだと思います。でもそれは、Aさんにとっても、自分の見る世界を鬼気迫るものから、平安なものに改める行為だったはずです。

「誰のために赦すのか?」

このエピソードが、「赦す」ことの本質、そして自他の区別のない「ひとつ意識」を思い出すためのヒントになれば幸いです。