あなたを「いまここ」に導く3つの行動とは

バックナンバー「グッドバイブスな視点とイリュージョン視点」で、この世界について私たちが見誤っている可能性のある事柄を挙げました。

実は、現在、過去、未来という3つの時間の捉え方も、まさにイリュージョンのひとつです。

拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』やこのブログで書いてきたとおり、

「唯一、いまここだけが現実の時間」

なのです。

先の記事のなかには、「自分とは身体か、それとも意識か?」など、どちらが現実で、どちらがイリュージョンかを見極めるのが難しい事柄もありました。

けれども、この時間の話に限っては、議論や検討の余地はありません。過去や未来という概念を頭に思い浮かべられるかどうかは別として、

「私たちがそこに存在できて、実際に何かを行える時間はいまここしかない」

からです。

ただ、依然として私のもとには「どうしてもいまここにいられない」という悩みや、「どうすればいまここにいられるか?」という質問が寄せられています。

気持ちはよくわかるのですが、まずはこの悩みや質問を「イリュージョンと現実」という言葉に置き換えてみてほしいのです。

「どうしてもイリュージョンのほうにいてしまって、現実のほうにいられない」
「どうすればイリュージョンではなく、現実のほうにいられるのか?」

ゴールはあくまで「現実の時間」にいることです。だとすれば本来、この取り組みがそれほど大変であるはずはないのです。

おそらく、瞑想などの「いまここ」に関連する情報やイメージによって、何かとても高尚で困難なことにチャレンジしているような誤解があるのだと思います。

そこで今日は、もう一度、「いまここ」の話をできるだけシンプルに整理してみようと思います。

最初のテーマは、

「どんなときに、私たちはいまここにいられなくなるのか?」

です。

理屈だけでいうなら、答えは次のようになります。

「実際には存在しない過去と未来を、頭の中で創り出しているとき」

まさに「イリュージョンの世界に生きているとき」ということです。

だとすれば、自分をその反対の状態にもっていければ、「いまここ」にいられることになります。つまり、

「過去と未来について考えることをやめる」

ようにすればいいだけなのです。

けれども、多くの人がこの答えを聞いて失望します。「そんなことができるはずがない!」「それができたら苦労しないよ!」と言いたくなるあの感じです。

実際にはこの、

「自分の考えることを、自分自身ではコントロールできない」

という認識こそが「意味づけ」なのですが、それを手放すことが難しいと感じるなら、別の入り口から攻めてみましょう。

「どんなときに、自分は過去と未来について考えたくなるのか?」

を探ってみるのです。

おそらく、次の3つのことを行っているときです。

① 焦ったり、急いだりしている。
② 終わりの時間を意識している。
③ すでに終わってしまった出来事を悔やんでいる。

先の「考えることをやめる」と違って、こちらはかなり具体的な行動です。②や③は頭の中の話なので思考の類いでもありますが、漠然と「過去や未来について考えるな!」と言われるのと比べても、ターゲットはより明確になっているはずです。

これで新たな対策が見つかりました。この3つの行動を金輪際、やめてみるというのはどうでしょう?

残念ながら、どれだけ実行することが具体的になったとしても、結局は先ほどと同じフィーリングを抱いてしまうのではないでしょうか。「そんなことができるはずがない!」「それができたら苦労しないよ!」と言いたくなる例の感じです。

思考を止めるのも無理。3つの行動をやめるのも無理。そんなときに、きまって私たちが求めたくなるのが、

「もっと手軽に、いっさいの抵抗感もなく実行できて、結果として半自動的にいまここにいられるような、効きめの早いメソッドはないの?」

という夢のような解決策です。

もし、「どうすればいまここにいられるか?」という問いに、この手の期待が含まれているとしたら、その思いが叶うことはありません。

ぜひ、この試みを次のように捉えてみてください。

「イリュージョンの世界に生きていた自分は、本来、利き腕ではないほうの手を使って暮らしていたようなもの。もしそれが左手だったとしたら、現実の世界、すなわちいまここにいるとは、もともとの利き腕である右手が使えるように、矯正し直すことに似ている」

いままさに、あなたが字を書いたり箸をもったりする手を逆の手に変えようとするならば、当然、それなりの訓練と努力が必要です。一定の時間も費やすことになるでしょう。

でもそれは、100メートルを9秒台で走るとか、これまで触ったこともない楽器をプロ並みに演奏できるようになるとかの、超絶に困難なゴールを目指しているのではありません。

いま使っている腕でならすでに達成済みの、「いつかかならずできること」に挑んでいるにすぎません。訓練や努力といっても、自転車に乗れるようになる程度の微々たるものなのです。

もう一度、先に言い換えたこの文言を思い出してください。

「どうすればイリュージョンではなく、現実のほうにいられるのか?」

ごくあたりまえの状態に戻るだけの話です。

そのうえで、あらためて「いまここ」にいるメリットをしっかりと認識しておくことが大切です。くじけそうになったときには、「何のためにやっているんだっけ?」と、即座に思い出すようにしてください。

それこそ挙げればキリがないほどありますが、忘れることがないように、ここではあえて次の2つに絞っておきます。

・ 必然的に妄想が止まる「いまここ」には、いっさいの悩みがない。
・ あなたにとって最高品質の仕事を、最高速度で行える。

「いまここ」にいるために実際に行う努力は、利き腕を変える程度のことですが、それによって得られる恩恵は、あなたの目にする世界を大転換できるほど大きいということです。

コストパフォーマンスという点からしても、費やす時間と労力に十分に見合う試みだと思いますが、いかがでしょう。

最後に、先の3つの行動をひっくり返せば、誰もが実行可能な「いまここ」のメソッドは完成します。

① 何があっても焦ったり、急いだりしない。
② 終わりの時間を意識しない。
③ 終わってしまった出来事はもう存在しないので、考えても意味がないと認める。

①と②を見て「それでは締切に間に合わないのでは?」と考える前に、先のメリット「最高品質かつ最高速度」を思い出してください。

「いまここ」で目の前のことだけにフォーカスしている以上に、私たちは何かを早く仕上げることはできません。次の予定が気になるようなら、アラームをセットしておくだけで、何かを実行しているあいだは終わりを意識しないようにできます。

③に関しては、それでもチラチラと過去についての思考が頭をよぎることと思います。これがまさに「利き腕を変える努力」だと思ってください。

その誘惑に負けるたびに、使い慣れたほうの腕に戻してしまうようでは、いつまでたっても反対の腕を使えるようにはなりません。

先に挙げた2つのメリットを思い出しながら、慣れないほうの手でペンや箸を落としたとしても、それを失敗などと思わずに、根気強く「終わったことを考えるのをやめる努力」を続けてください。

私の経験では、3つの行動を一週間ほど真剣に継続するだけで、「いまここ」にいられる時間は圧倒的に増えていくはずです。

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