「足りない」と思うのはすでに得ている証拠

このブログでも繰り返し書いてきたように、私たちは、実際に存在していて、唯一の何かを行える時間である「いまここ」よりも、頭の中にしかないバーチャルな時間「未来」のほうが大切だと思いがちです。

その理由はほかでもない、

「現在の自分を望ましくないと感じているから」

ではないでしょうか。

いま自分が置かれている状況や、いま自分が得られているもの、いま自分が抱いている感覚に、何らかの不満をもちながら生きているということです。

「満足できないいまを否定し、こうあってほしい未来を肯定する」

といってもいいでしょう。

この「こうあってほしい未来」を、私たちは夢や希望、期待、理想などと呼び、

「望ましくないいまは、夢や理想によって書き換えられなければならない!」

と考えるようになります。

この、「現状に満足していては、けっして成長は望めない!」という教訓に代表される発想こそが、「いま」という現実よりも、「未来」という仮想現実を重んじたくなる理由のひとつではないかと私は考えます。

そこで今日は、このような未来志向から脱出するために、「いつでも現在の自分は望ましくない」という「意味づけ」を疑ってみようと思います。

まず、「いまの自分に不足していることは何か?」を思い浮かべてみてください。電車の中でこのブログを読んでいるなら、スマホのメモ帳などに書き出してみるといいでしょう。

少ない人でも2つか3つ、多い人なら20個くらいの「不足」がすぐに挙がるはずです。まずは、それらをザッと眺めながら、どんなフィーリングを抱くか、自分の心を観察してください。

おそらく、

「ああ、いまの自分は本当にイマイチだなぁ」(現在)
「あのとき、もっと努力しておけばよかったなぁ」(過去)
「これからの人生、本当に大丈夫なのかな?」(未来)

などの、現在、過去、未来についてのさまざまな不安が胸をよぎることでしょう。人によって細かな違いはあるにせよ、けっして心地いいものではないはずです。

では、同じ「自分に足りないものリスト」を今度は、

「いま、自分に足りないものがあると思うこの感覚は、自分がすでに得ているからこそ、沸き上がってくるんじゃないか?」

という、先ほどとは真逆の発想で眺めてみたらどうでしょう。

多くの人は「は? どういう意味?」と、あっけにとられるかもしれません。ぜひ、こんな話を参考にしてみてください。

ここに2人のプロ野球のピッチャーがいます。投手Aは速球派で、使う球種はストレートとフォークの2種類です。もうひとりのB投手は軟投派で、ストレートとカーブを武器にしています。どちらも、今年入団したばかりの高卒ルーキーです。

この2人に先と同じ質問、「投手として、いまの自分に不足していることは何か?」を聞いてみたら、どのような答えが返ってくるかを想像してみましょう。

投手A:「ストレートのコントロールがよくない。フォークの切れもまだまだ」
投手B:「ストレートの速度が足りない。カーブの曲がりも少ない」

この2人の回答を見て、何かに気づかないでしょうか。

彼らはプロ1年生です。もちろん、多くの「不足」を感じています。でも、2人が挙げる事柄は、けっして同じではないはずです。なぜならば、それぞれに「得意分野」がまったく異なるからです。

カーブを投げない投手Aが、カーブについて「不足している」と思うことはありません。同じように、フォークを投げない投手Bにとって、フォークは自分に「必要ないもの」や「できないもの」なので、けっして「不足」とは映りません。

両者に共通するストレートにしても、すでに十分な球速を出せる投手Aは「コントロールがよくない」、変化球との緩急をつけたい投手Bは「球速が足りない」と、自分の特性に応じた不足を訴えます。

つまり私たちは、

「すでに得ている対象にしか、不足を感じることはできない」

のです。

私は文章を書くことを生業としています。ほかにも、音楽家や講演者、セミナー講師、コンサルタントといった役割も担っています。

もし、「いまの自分に足りないことは何か?」と聞かれたら、

「文章の表現力や語彙」
「一冊の本をまとめる速度と気力」
「もっと正確な音程で歌える歌唱力」
「セミナーの集客力」(笑)

などを挙げます。

どれも、例外なく「すでにできているけれど、もっと精進したい!」と思うことばかりです。間違っても、「ダンスの能力」や「経営力」「手品のスキル」「関節技のバリエーション」などの、できもしないことを「足りない」などと感じるはずがないのです。

この事実を真摯に受け入れる感性が、

「足るを知る」

です。それは、けっして「現状のままでいい」という意味ではありません。

そうではなく、「いま得ているもの」や「いまできること」を最大限に評価して、「いまの自分には、何かを高めていく準備はすべて整っている」という事実に、心から感謝している状態を指します。

「現状に満足していては、けっして成長は望めない!」は、バラバラ意識の性悪説に基づく考えです。そこにはつねに「恐れや不安」がつきまといます。

なぜならば、もしうまくいかなければ、あなたは即座に「望ましくない現在」に引き戻されてしまうからです。
ここに、私たちが、

「絶望や失望」

を感じるメカニズムがあります。

そのような、実際には存在しないプレッシャーを抱えずにすむように、スタート地点を大転換させましょう。

「現状を肯定して、現状に感謝して始めなければ、けっして成長は望めない!」

これによって、どれだけ失敗を重ねたとしても、あなたの戻る場所は「望ましくない現在」ではなく、何度でもやり直せる「準備がすべて整っているいまここ」に変わります。

同時に、大切にすべき時間は「仮想の未来」ではなく、「現実のいまここ」であることにも気づけるはずです。

もう一度、先の「自分に足りないものリスト」を、

「いま、自分に足りないものがあると思うこの感覚は、自分がすでに得ているからこそ、沸き上がってくるんだ!」

という前提で読み直してください。

少しだけ気分が楽にならないでしょうか。その軽さをもったまま、「なるほど、いまの私はそれほどわるくない!」と自分を認めながら、不足ではなく、その課題をクリアするためのアクションを想起してみます。

「おお、これはやってみたいな!」

と思える、楽しげで具体的な行動が浮かんだら、それを「いまここ」で、かなり本気で実行してください。「足るを知った」あなたは、未来に囚われることなく、その目の前のことにフォーカスできるはずです。