無いものは傷つけないと確信して現実を見る

実は、拙著やこのブログで書いてきたグッドバイブスのメッセージは、たった2行に集約できます。

現実ならなんとかなる。
無いものは私を傷つけない。

以前は、最初の一行を「現実はいつもうまくいく」としていました。私はいまでもそう確信していますが、悩みのどん底にいる人にとっては、現状とのギャップがあまりに大きすぎると思い、上のように修正しました。

今日は、グッドバイブスの本質であり、ゴールでもあるこの言葉が、何を意味するかについて書いてみようと思います。

下の行「無いものは私を傷つけない」からいきましょう。

たとえば、とあるAさんが「いまの会社を辞めて他業種に転職したい」と考えたとします。もちろん、ここで自分の役割をまっとうしようと本気モードを発揮して、できることはすべてやり尽くした末の判断です。

しかも、Aさんは独身です。両親も健康そのもので、経済的にも困っていません。自分の将来は、Aさんの都合だけで決められるという、とても恵まれた環境にいます。

ただ、新天地として魅力を感じている仕事に就くためには、何年か専門の学校に通い、いくつかの資格を取得する必要があります。

ここでAさんは、どちらを選ぶか躊躇し始めます。どうして一歩を踏み出せないのか自分の心をのぞいてみると、次のようなことが頭に浮かんできました。

「会社を辞めればいまの収入はなくなる。学校に通いながら、アルバイトだけで暮らしていけるだろうか。生活レベルを落とすことに耐えられるだろうか。好きな趣味はどうなる。恋人とのデート費は大丈夫だろうか?」

まずはお金の心配です。さらに、30代後半という自分の年齢に考えが及ぶと、新たな懸念が次々と噴出してきます。

「そもそも、この歳で新しいことにチャレンジしてうまくいくのか。おそらく、学校にいるのは10代、20代の活きのいい若者ばかり。落ちこぼれることはないだろうか。彼らからバカにされないだろうか。本当に資格を取れるのだろうか?」

頭で想像する10年、20年はあっという間に過ぎていきます。Aさんはさらに先の自分の人生をイメージし始めます。

「なんとか学校を卒業して、資格も取れたとしよう。それで本当にいま望んでいるような職に就けるんだろうか。そのころはもう40過ぎだぞ。その歳で路頭に迷ったらどうする。完全に人生の落伍者じゃないか?」

もうひとつ大事なことを忘れていました。まわりの人が自分をどう見るかです。

「こうしているあいだにも、同期の連中はどんどんキャリアを重ねていくに違いない。彼らの出世話を聞くのは辛いだろうな。同窓会にも行けなくなるな。彼女はどうなんだろう。オレに愛想尽かして、会社の優秀なヤツと結婚するのかな……」

わずか15分ほど自分の選択について考えただけで、これだけの「よくない未来」が押し寄せてきました。Aさんの心はすでに「恐れや不安」で満杯になっています。

もし、このことを理由に「どう考えても無謀で危険な試みだ!」と結論づけて、転職するのをあきらめたり、判断を保留したりするなら、Aさんはいま思い浮かべた映像のすべてを、

「紛れもない現実だ!」

と捉えていることになります。

一方、グッドバイブスでは、過去や未来を「自分の頭の中にしかないイリュージョン」とみなします。実際に存在するのは、私たちがそこにいられて、何かを行える「いまここ」だけだからです。

イリュージョンとは無、すなわち「無いもの」です。ここで先の2行めの言葉を思い出してほしいのです。

「無いものは私を傷つけない」

とくに深い意味などありません。

バットマンに登場するジョーカーは実在しません。だから、ジョーカーがあなたを傷つけることは不可能です。いくらあなたがお化けを恐がったとしても、実際にお化けに襲われることはありません。

小さな子どもでもわかるような、ごくごくあたりまえの事実を述べているだけの文章です。

では、Aさんの数々の懸念は、現実と「無いもの」のどちらでしょうか。

先に括弧の中で語られた文言は、すべて未来についての予想です。未来という時間がイリュージョンなら、そこで起こるであろう想像もまた、例外なくイリュージョンということになります。

どれだけ、「いやいや、中にはかなり確実な読みもある!」と反論したところで、Aさんの抱いた「恐れや不安」が実在しないことに変わりはありません。

つまり、ジョーカーやお化けと同じように、

「無いものであるAさんの懸念が、Aさんを傷つけることはない!」

のです。

もちろん、Aさんの将来の不安が、彼に嫌な思いをもたらしていることは事実です。その様子を見た人は、「無いものであっても、その妄想がAさんを悩ませているなら、結果として傷つけているじゃないか!」と思うかもしれません。

ぜひここで、冷静に考えてみてください。もし、実在しない何かに「恐れや不安」を抱くとするなら、それは「ジョーカーが自分を襲いに来る!」というイリュージョンに怯えるのと、まったく同じではないでしょうか。

ここで「ジョーカーが自分を傷つけている」と文句を言っても、何も解決はしません。その人が恐怖から救われるためには、「ジョーカーなどこの世にいない」という現実を、自分の目で確かめるしかないのです。

そこで、1行めのこの言葉を思い出します。

「現実ならなんとかなる!」

想像の産物であるジョーカーを、この世界で撃退することは絶対に不可能です。同じように、Aさんが列挙した懸念を、考えの中だけで解消することもできません。

だから、いっさいの前提を振り払って現実を見に行くのです。Aさんが転職を決断して動き出せば、あらゆる出来事が「現実」として目の前に現れます。

収入が激減するという事態に直面することもあるでしょう。でも、それが現実なら、かならずなんとかなります。

なぜならば、

「あなたには、危機的な状況に遭遇したとき、一度のミスもなく、完璧になんとかしてきたという確固たる実績がある!」

からです。

あなたが「いま生きている」ことがそれを証明してくれています。うまくやってこられたのか、しあわせだったのかなどの条件には何の意味もありません。かろうじてであっても、生きているという事実だけで十分です。

これまでの人生で、一度でも「なんとかならない」ヘマをやらかしたとしたら、あなたはそこに存在していないはずです。それほど、「いま生きている」というのは奇跡的なことなのです。

その実績を盾に、これから出会うであろうすべての現実に対しても、あなたはきっとなんとかすると確信してください。

お金が足りなくても、ひとまわり年下の同級生に好奇の目で見られても、何度か資格試験に落ちても、卒業後に勤め先がなかなか決まらなくても、それらの問題が大挙して同時に襲いかかるなどということは絶対にありえません。

どんなときでも、あなたの前に現れるのは、

「たったひとつの、なんとかなる小さな課題」

だけです。

今日にいたるまで、あなたがあらゆる危機を切り抜けてこられた理由も、私が「現実ならなんとかなる!」と主張する根拠もここにあります。

「いまここ」という唯一、実在する時間には、私たちが頭で想像するような無数の問題など入りきれないのです。

ぜひ、未来のイリュージョンではなく、現実の時間に自分を置いてください。恋人が将来のあなたをどう見るか、あなたが彼女の言動に何を感じるか、すべてはそのときになってみなければわかりません。

どの分岐点に待っているのも、「たったひとつの小さな課題」だけです。運命も宿命もそこにはありません。

必死に努力する自分に愛想を尽かす彼女を見ても、「心から応援するよ!」と言ってくれる彼女に出会っても、あなたはこれまでと同じように、目の前にある現実としてそれぞれの課題を確実にクリアしていくのです。

現実ならなんとかなる。
無いものは私を傷つけない。

自分が創り出したイリュージョンに、行く手を阻まれているように感じたときは、この言葉を思い出してください。

Photo by Satoshi Otsuka.