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相手にしてほしいことを先にあなたが与える

おかげさまで、年末年始はたっぷりと休養をとることができました。本日よりこのブログの日刊での更新を再開します。

2020年の最初のテーマとして、私たちに「ひとつ意識」をもたらす具体的な行動、

「与える」

を選びました。

拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』で書いたように、「ひとつ意識」とは、

「自分と他の人々、それを取り囲むこの世界の森羅万象はもともとひとつである」

と感じられる意識です。

ただし、ふだん「バラバラ意識」をもって生きている私たちが、これを頭で理解しようとしても、まずうまくいきません。

それよりも、

「自分と相手を、自然とひとつに導いてくれる行動とは何か?」

を考えて実行するほうが、よりリアルに「ひとつ意識」を実感できます。

このブログでも何度か書いてきたように、それはたとえば、

・ 相手と自分が「分離」する選択をしない。
・ 相手と自分の利害を完全に一致させる。
・ 淀みないコミュニケーションによって、相手と自分の頭の中をひとつにする。

といった行動です。

昨年に話題になったラグビー日本代表の「ONE TEAM」と照らし合わせてみるのがいいでしょう。2019年の流行語大賞にも選ばれただけあって、この言葉には、かつての「一致団結」とはまるで違うニュアンスを感じます。

あのチームに、特定のメンバーを排除したり、自分だけが特別であろうと考えたりする人がいたとは思えません。彼らの中には「分離」の選択など、いっさいなかったということです。

また、コーチから選手、スタッフにいたるまで、すべての人の利害も完全に一致していたはずです。試合中のコミュニケーションも、まさに「淀みのない」ものにしようと努力したに違いありません。

つまり、あの「ONE TEAM」は単なるスローガンではなく、いかなるときも、自分と他の人々を「ひとつに導く行動」を選び続けることによって生まれた、チームの「あり方」としての呼称だと私は解釈しています。

さて、今話で注目したいのは、このうちの「相手と自分の利害を完全に一致させる」についてです。これを実現するためにできることはいくつかあります。

なかでも、今日、私が提案したいのは、

「相手から、もっとも自分がしてほしいと思うことを、先に相手に与える!」

という具体的な行動です。

たとえば、何かの理由で、あなたと同僚のAさんがもめていたとします。それぞれ、心の中では「双方に非がある」と認めつつも、そもそもの原因を作ったのは相手のほうだと判断しているため、あなたもAさんも「アイツが最初に謝るべきだ」と考えています。

先の文言にあてはめると、あなたにとって「相手から、もっとも自分がしてほしいと思うこと」は、「Aさんが最初に謝る」という行動です。これを、あなたが相手に先んじて与えればいいわけです。

「バラバラ意識」の状態では、両者の利害は次のような図式になります。

「あなたが最初に謝る」=「あなたの害」VS「Aさんの利」
「Aさんが最初に謝る」=「あなたの利」VS「Aさんの害」

当然ですが、ふたりの利害は完全に対立しています。

もしここで、あなたが「最初に謝る」につきまとう、それでは気が収まらない、納得できない、自分だけが損をするなどの感情を手放し、お互いを「ひとつに導く行動」をキッパリと選べたとしたら何が変わるでしょう。

あなたのゴールは「ONE TEAM」とまったく同じになります。双方が「ひとつ」になることだけがあなたの「利」です。

「あなたが最初に謝る」=「あなたの利」AND「Aさんの利」

「利」の中身は異なりますが、あなたとAさんの利害は見事に一致しました。

残るは「モヤモヤとした、自分が負けたような気持ちのやり場」だけですが、こちらはたいした問題ではありません。

「自分が先に謝ると本当に損をするのか?」と、冷静に「そうでない可能性」を疑えば、いま生じている負の感情の正体はすぐに見破れます。

すべては、自我の「意味づけ」から生まれた「恐れや不安」であり、単なるイリュージョンにすぎないのです。

そのような卑小な思いを必死に抱え続けるよりも、「ひとつ意識」の尊大なパワーのほうを選択をすることが、ここでいう「与える」の本質だと考えてください。

あなたが新しい部署に異動になったり、辞令をもらって管理職に就いたりしたとき、メンバーの中に「コイツはたぶん、私のことを認めていない」と感じる人が現れたとします。

さまざまないきさつはすべて横に置いて、まずは自分の心を素直にのぞいてみてください。そしてこう自問します。

「私はこの人に、何をしてほしいと思っているんだろう?」

もちろん、答えは「自分を心から認めてほしい!」に決まっています。

先の指針に沿って考えれば、あなたが行うことは一瞬で明らかになります。

「そうか、私が先にこの人を認めればいいんだ!」

即座に「まずは自分が相手を認める」という行動を、その人に与えてください。

「自分に怒りをぶつける人」に相対したときも、やるべきことはまったく同じです。あなたはいま、怒られながら「恐れや不安」を感じているはずです。相手に求めるのはもちろん、「この恐怖を消してくれること」でしょう。

ここでは、双方の利害を一致させるためにあなたが「与える行動」は、

「相手に怒りを生じさせた恐れや不安を消し去ること」

となるわけです。

よく、まわりの人から尊敬されたいと思うあまり、やたらと自慢話ばかりする人がいます。彼の戦略は、自分と他の人とのあいだに歴然とした差がある事実を見せつけて、相手をひれ伏させようというものです。

このやり方では、彼と他の人との利害はつねに対立します。自慢話によって尊敬を得られた彼は「利」を得ますが、他の人たちは同時に、「自分はこの人よりも下であると認める」という「害」を感じることになるからです。

それは、これまで見てきた「与える」とは真逆の、「奪う」行動にほかなりません。いうまでもなく「バラバラ意識」の手法なのです。

あなたが誰かに尊敬されたいと思うなら、そのほしいと思う尊敬の念をそのまま、相手に先んじて与えてください。こちらが、あなたも相手も「ひとつ意識」に導かれる、しあわせな行動です。

私たちは、お金やモノなどの「なくなってしまうもの」を簡単に与えることはできません。けれども、今話で登場した「相手に先んじて与える行動」はすべて、

「どれだけ与えたとしても、けっしてなくならないもの」

であるはずです。

もし、その「なくならないもの」に対してもなお、出し惜しみしたい気持ちが残っているとしたら、それは間違いなくイリュージョンです。

よくいわれる「時間」や「労力」も、私は「なくならないもの」とみなしています。時間は生きているあいだ、永遠に「いまここ」にあり続けます。実際にあなたも、人生から時間が消え去った経験など、これまで一度もしていないはずです。

当然、「与える」ためにはそれなりの労力を費やすことになります。でもそれは、翌朝にはほぼ完璧に回復してしまう程度の量ではないでしょうか。

しかも、今話で書いたような「相手との和解」や「認められること」「尊敬の念」などの多大な報酬とともに、「相手とひとつである」という実感まで得られるとしたら、そのための労力など気にするに値しないほど微々たるものです。

「相手から、もっとも自分がしてほしいと思うことを、先に相手に与える!」

新たな年の初めに最適なチャレンジと思ってこれを選びました。ぜひ、実践して「ひとつ意識」を体感してみてください!

Photo by Satoshi Otsuka.