セミナー会場などで私がよく受ける質問のひとつに、「倉園さんはどのような経緯で、グッドバイブスに書かれているような考えをもつようになったのでしょう?」というのがあります。
実は自分でも「ここが明確な分岐点!」というものを自覚していなかったこともあって、これまでお茶を濁すような回答しかしてきませんでした。
ところが、このブログの執筆をとおして、最近、ようやく自分にとってのターニングポイントのようなものをはっきりと思い出せた気がします。
そこで今日は、私が「ひとつ意識」や「グッドバイブス」を探求するきっかけとなった、ある夜の出来事について書いてみようと思います。
私にとって拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』は、何十年もかけて探求し続けてきた問い、
「どうすれば完全無欠のしあわせを得られるか?」
に対する自分なりの答えを綴った本です。
すべての始まりは、小学校6年生の夏休みに宿題の読書感想文を書こうとして、たまたま宮沢賢治の『虔十公園林』を読んだときでした。
そこには、これまで考えたこともなかった、
「いまここのしあわせ」や「自分の外側に委ねないしあわせ」
が書かれていたのです。
12歳の私にとってそれは、天地がひっくりかえるような衝撃でした。なぜならば、私は生まれて初めて「人生には確固たる目的がある」ことを知ったからです。もちろん、その目的とは「しあわせになること」です。
夏休み明けに私が提出した読書感想文のタイトルは『本当のしあわせとは何か? 虔十公園林を読んで』でした(笑)。
以来、私は密かに「しあわせフェチ」として、どんなときでも「どうすれば完全無欠のしあわせを得られるか?」の答えを探し続けてきました。本も読み漁りました。映画や音楽から何かを得ようともしました。もちろん、リアルな人生からも学ぼうとしました。
けれどもその結果は思わしくありませんでした。20代を過ぎ、30代を過ぎても「これだ!」という決め手が見つかりません。収入や、地位や名声もそれなりに得られてはいました。にも関わらず、私の中に虔十のような「完全無欠のしあわせ」があるとは、どうしても感じられないのです。
その後もまあまあの人生を送っていましたが、40代も中盤にさしかかったころ、私の努力や期待も虚しく、身のまわりのあらゆることが次々と悪化していきます。
経済面も人間関係も、チャンスという点でも、すべてが右肩下がりに落ちていき、気がつくと私は、あれほど追い求めていた「しあわせの」真反対、不幸のどん底にいたのです。
状況はまったく改善されないまま数年が経ち、シャレにならないほどの不眠症に陥っていた私はある夜、寝返りを繰り返すベッドの上で、
「恐い!」
という強烈な感情を抱いていることに気づきました。
それはまるで、自分の心身が悪魔に乗っ取られてしまったような感覚です。真夏なのに冷凍庫の中にいるように寒く、ガタガタと全身の震えが止まりません。
あまりの具合わるさに、薬でも飲もうと身体を起こしたそのとき、突然、冷静な自分が現れて、
「何がそんなに恐いんだ?」
とたずねるのです。
私は必死に考えました。「それはもちろんいまの悲惨な状況に決まっている」と答えると、もうひとりの冷静な自分が、
「いやいや、お前は自分の家で、こうして柔らかい布団の上で寝られているじゃないか。しかもまだピンピンしている。家族もいる。朝になったら食事も摂れるんだろう? とてもそこまでビビるような環境には思えないがなぁ」
と返してきます。
たしかにそのとおりでした。一時期より、仕事も収入も激減していましたが、辛うじて食いつなげていたし、家も追い出されず、家族も愛想をつかして出て行ったりはしていません。まだ私と仕事をしたいと言ってくれる人もいました。
もうひとりの自分が「じゃあ、何が恐いんだ!」とさらに詰め寄ってきます。私はもう、正直にこう答えるしかありませんでした。
「自分の将来がどうなってしまうのかが、たまらなく恐いんだよ!」
わずか5分ほどの出来事でしたが、このとき、私はようやく自分が抱いていた恐怖の正体を知りました。と同時に、「なぜいままで完全無欠のしあわせが手に入らなかったのか?」の理由も完璧に理解できたのです。
うまくいっているときも、そうでないときも、私は目の前にある現実を見ずに、自分の頭の中で創り出した虚像に怯えていました。
得れば「失うかもしれない未来」を恐れ、うまくいけば「ダメになる未来」を恐れ、何かを達成すれば「次はできないかもしれない未来」を恐れ、誰かを信頼すれば「裏切られるかもしれない未来」を恐れてしまいます。
恐れれば当然、何らかの手を打ちたくなるのが私たちの性です。自分の「しあわせな役割」であったはずの仕事を手放したり、大切な仲間を攻撃して排除したり、無駄なことにお金を費やしたりと、先回りすることで自分を守ろうとします。
本当は感謝すべき時間のすべてを、疑うことや心配することに費やしていたといってもいいでしょう。すべては、心が「恐れや不安」に浸食されたことが原因の「狂った行動」だったのです。
不思議なことに、自分が本当は何をしていたのかに気づいたとき、身体の震えはピタッと止まっていました。あれだけビビっていた恐怖も欠片ほどしか残っていません。その夜は、何年かぶりにぐっすり眠れたように記憶しています。
このときまでに、私はありとあらゆる「しあわせになるための本」を読んでいました。「いまここ」の話も人に解説できるくらいのレベルで知っていたし、思考が「恐れや不安」を生むことも頭では熟知していました。
けれども、妄想の中に悪魔が登場するほどの恐怖を味わうまで、私はその本当の意味を、まったくといっていいほど理解できていなかったのです。
私は考えました。
「ここまでひどい状況になる前に、これを実感する方法はなかっただろうか?」
たしかに私はあのとき、「もうひとりの自分」に助けられました。それは、どれだけ過酷な状況にあっても、けっして傷つかずに絶対不変の価値を保ち続けている私たちの本体、「大きな自分」です。
「恐れや不安」を生み出す「妄想」の源泉も見つけました。すべては、「身体」を自分の本体とみなす「自我」、すなわち「バラバラ意識」の仕業です。
もっとも肝心な「完全無欠のしあわせ」を得る方法も明らかになりました。あの夜の私は、強烈な恐怖を感じたことでこの世の地獄にいました。だとすれば、その真逆の状態にいさえすれば、自分が目にする世界を天国に変えらはずです。
つまり、私が12歳のころから探し求めていた「完全無欠のしあわせ」とは、
「恐れや不安のない平安な心」
だったのです。
「私を救ってくれたこれらの事柄を、できるだけ多くの人に伝えたい!」
こうして私は『グッドバイブス ご機嫌な仕事』の制作に取りかかりました。たしか、2010年の4月ころだったと思います。
これが、「倉園さんはどのような経緯で、グッドバイブスに書かれているような考えをもつようになったのでしょうか?」の答えです(笑)。
そう、ひとつ忘れていました。いま、あの絶不調だった暗黒の数年は、拙著やこのブログ、そして現在、行っているさまざまな活動へと導いてくれた、かけがえのない宝物のような時間に思えます。
やはり「人生に無駄なことなどひとつもない」のです。
Photo by Satoshi Otsuka.
Leave a Reply