得られてないのはあなたが与えていないから

職場や家庭や自分が所属するコミュニティーなどで、「期待するものを得られていない」と感じているなら、ぜひ次のことを自問してみてください。

「私は、その人たちが望むものをすべて与えられているだろうか?」

今日は、さまざまな先入観や誤解のせいで、真のパワーがなかなか伝わりづらい「与えること」について書いてみようと思います。

ある家庭でちょっとしたいざこざがありました。家族構成は妻、夫、幼稚園の息子がひとりです。子どもの運動会を明日に控え、奥さんは旦那に頼み事をします。

「明日はビデオをバッチリ撮りたいから、早めに行っていい場所を確保しておいてくれない?」

ところが、この旦那にはあるポリシーのようなものがあって、奥さんのリクエストをすんなりと受け入れられませんでした。

「息子の晴れ舞台はこの目にしっかりと焼き付けるべきだよ。ビデオばかり気にしていたら、いま見なきゃ行けない場面を見逃してしまう。だから、オレは撮影のための場所取りなんてしたくないよ!」

もしかしたらこの旦那、拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』やこのブログの熱烈な読者なのかもしれません(笑)。瞬間を目撃することよりも、あとで観るビデオの撮影を重視するなんて、まさに「いまここ」にいない。そんな主張を繰り広げているわけです。

もちろん、母親としては旦那のよくわからない説に納得するわけにはいきません。それどころか、「この人は子どもに対する愛情が欠如しているんだ!」と感じ、批難の言葉を浴びせます。

旦那はもちろんそれに応戦し、楽しい運動会の前日に子どもの前で大げんかをやらかしてしまいました。シチュエーションや立場は違っても、誰もが一度は経験しているよくある話だと思います。

さて、このご夫婦がそれぞれ私のところに相談に来たとします。まずは旦那からです。「妻がどうしてもわかってくれないんですよ!」と言われた私は彼にこうたずねるでしょう。

「奥さんの言うとおりに早めに行っていい場所を確保して、渾身のビデオを撮り続けたとしたら、あなたは何を失うんですか?」

次は奥さんの番です。「夫が私の頼みを聞いてくれないんですよ!」と憤る彼女に、私はこう質問します。

「旦那さんの言うとおりにビデオはそこそこにして、競技に熱中するお子さんの姿を夫婦でしっかりと目に焼き付けたとしたら、あなたは何を失うんですか?」

そう、私にとってどちらの意見が正しいかは重要ではないのです。

もちろん、子どもに大きな影響を与える教育方針の違いであれば、妥協せず、真剣に話し合ってベストな結論を出す必要があるでしょう。けれどもこのケースはそういった類いのものではありません。

だからこそ、双方に伝えたいのはまったく同じメッセージです。

「あなたが相手の望むことを完璧に与えればいい!」

おそらく、こういうケースで私の元を訪れるのは奥さんか旦那の一方です。当然、「与えればいい!」と言われて実行するのもどちらか一方ということになります。「それでは不公平じゃないか?」と思うかもしれません。本当にそうでしょうか。

旦那さんは、プロのカメラマンのように真剣に息子の勇姿を撮影する自分を見て、安堵と満足と感謝の表情を浮かべる奥さんを目撃するでしょう。

奥さんの場合なら、走ったりころんだりする息子から一瞬も目を離さない、キラキラと輝く旦那さんの無垢な横顔をチラ見できるでしょう。

もし、これ以上のしあわせがこの世にあるとするなら、たしかに「与えるほうが損をする」のだと思います。ではその場合の得とはなんでしょう。

相手を不機嫌にさせても自分の思いどおりに行動させることでしょうか。自分の信念を貫きとおすことでしょうか。たとえ大げんかになったとしても?

お金やモノなどの「与えたらなくなるもの」を与えるのは簡単ではありません。自分が生業としている仕事もタダで与えるわけにはいきません。けれども、それ以外に私たちは「与えてもなくならないもの」をたくさんもっています。

この夫婦の例もまさに「与えてもなくならないもの」を与えられるかが問われているだけのことではないでしょうか。

けれども、私たちはそれすら与えることで「損をする」「失う」「犠牲になる」と考えています。ときには、勝ち負けなどという訳のわからない概念を持ち出してきて「それではこちらの負けになる!」などと言い出すこともあります。

「体力は失われるじゃない?」という感覚も大きな誤解です。「与える!」と腹をくくらずにイヤイヤやれば、どんな軽作業であっても消耗するのは必然です。

しかもそんなやり方では自分のバッドバイブスが伝わり、唯一の癒しとなる相手の喜ぶ顔も見ることはできません。

「職場で評価されない」
「部下が自分を慕ってくれない」
「商売がうまくいかない」
「家に帰ってもねぎらいの言葉ひとつかけてもらえない」
「パートナーが自分に興味をもってくれない」
「仲間の信頼が得られない」

冒頭に書いたように、「期待するものを得られていない」と感じるなら、まずはあなたが、職場の同僚や上司や部下に、お客さんに、家族に、愛する人に、友人や仲間たちに、

「彼や彼女が望むものをすべて与えているか?」

を確かめてください。

「与えていないもの」が見つかったら、ただ、それを与えればいいだけです。先に書いた奥さんの満足した表情や旦那さんの無垢な横顔は、与えることで得られるものの氷山の一角のまた一角にすぎません。モラルや道徳的な話とも違います。

真の報酬は、

「与えた瞬間に与えられる」

というすごい事実に気づけることです。それがどんな感じかを言語化するのは至難の業ですが、あえて言うならば、

「自分は与える存在だった」

ことを思い出すような感覚です。

その自分がどれだけ自信に満ちあふれ、迷いがなく、グッドバイブスかを、ぜひあなた自身で体験してください。けっして難しいトライではありません。ただ「与えてもなくならないものを与える」だけです。