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正直な愚者とそれを利用して効率を得る賢者

あなたには心から愛する恋人がいたとします。私の場合、相手は女性なのでその人を「彼女」としておきます。

ある日、あなたが彼女の家に遊びに行くと、「ごめん、ちょっと会社でトラブルがあって、いますぐこの仕事をかたづけなければならないの」と言いながらかなり慌てていました。

それがどんな仕事か聞いてみると、なんと自分がいつも職場でやっていることとほぼ同じ内容ではないですか!

「おお、それならオレもできるよ!」と言うやいなや、あなたは彼女の仕事を手伝い始めました。

偶然にも2人の仕事がほぼ同じというのはできすぎた話ですが、プレゼン資料のグラフ作成や文章の校正、商品の梱包、宛名書きなど、手伝える類いの仕事がないわけでもありません。ここではそういうことにしておきましょう(笑)。

そのうえで質問です。

「もしその仕事が、ふだんから好きではないと感じているものだったとしたら、彼女のピンチを救いながらも、あなたはまったく同じ嫌な感覚を抱くでしょうか?」

私もリアルに想像してみました。

おそらく、「自分にもできる!」とわかった瞬間、彼女の力になれることに大きな喜びを感じ、好きとか嫌いとかの気持ちはいっさいもたず、かなり得意気に、ちょっとしたうんちくなども交えながら、気分よくそれを実行すると思います。

実は、この問いに答えることで、

「私たちは、行動そのものに反応して、何かを感じるわけではない」

という重大な事実に気づくことができます。

もちろん、例外はあります。それをするだけで、我慢ならないほど身体に苦痛を覚えることや、過去の苦い経験を思い出してしまうこと、あまりに不衛生なこと、ひどく他人を傷つけることなどは、行動そのものを不快だと感じるでしょう。

けれどももし、私たちの仕事にそのような行動がいっさい含まれていないとしたら、やはり、

「私たちは、仕事そのものに反応して、何かを感じるわけではない」

ということになるのです。

なぜならば、先の話にあったとおり、ふだんはあまり好きではない仕事に、「彼女の役に立てる!」という色がついたとたん、それが喜ばしい行動に見え始めるからです。

いま私は、「どうすれば、私たちは本気になれるか?」の入り口の話をし始めています。より具体的には、私たちの中にある、

「本気になることを一貫して拒みたくなる要因」

の正体を明かそうとしています。

そして、私がたどり着いた結論のひとつが、冒頭の話から導き出される、

「行動に色をつける」

という行為なのです。

試しに、あなたがこれからやろうとしている仕事に、次の2つのラベル、

「From」(誰からの依頼か?)
「For」(誰のためにやることか?)

をつけてみてください。

先の恋人の話なら「From 最愛の彼女」「For 最愛の彼女」となります。

この2つが、あなたによって今回の行動につけられた「色」です。さいわいなことに、どちらも「最愛の彼女」だとすれば、まさに「バラ色」「甘い色」です。

では、行動としてはまったく同じその仕事が、大嫌いな会社の、大嫌いな上司からの依頼ならどうでしょう。ラベルはもちろん、「From 大嫌いな上司」「For 大嫌いな会社」です。

グッドバイブス的には、仕事なら本当は「For お客さん」なのですが、心情的には会社としておきたいでしょう。今回だけは、あえてそのままにしておきます。

文字にするのもいい気分ではありませんが、「大嫌い」で埋め尽くされたその色は、「悪臭が漂うドブ川の色」といったところでしょうか。

断言しますが、仕事だけでなく、どんな行動であっても、

「いったん汚れた色をつけてしまった事柄に、本気で取り組むのは不可能」

です。

ぜひ、冷静になって考えてみてください。あなたが行うあらゆることは、それを実行する瞬間には「ただの行動」として目の前に現れます。

文章を書く、資料を作成する、計算をする、商品を配送する、すべては何の脚色もない「純粋な行動」であるはずです。

流れとしてはたしかに「From」や「For」は存在しますが、それを行うたびに自分のつけたラベルが、「お、真面目にやっちゃっていいの? だって、これはあの上司からの仕事だぜ!」などと語りかけてくるわけではありません。

もし、そのような声が聞こえている気がしたら、間違いなくあなたの心が自分に向けて発している言葉です。そう、イリュージョンです。

「From」や「For」以外にも、「色」をつけたくなる理由は山ほどあります。その日の体調も影響するでしょう。仕事の割り振りが自分だけに偏っているように感じたら、「不公平」や「理不尽」などの「色」を塗りたくもなるでしょう。

目の前のことに「本気」になるためには、それらいっさいの「色」を拭き取って、

「純粋な行動」

に戻してあげなくてはなりません。

行動や仕事そのものには、何の罪もないことを受け入れるといってもいいでしょう。これを私は、

「行動の浄化」

と呼んでいます。

浄化といっても、わるい霊などを祓うわけではありません(笑)。依頼者のキャラクターやその他の要因によって、自分がつけてしまった「色」を、目の前の行動からキレイに取り去ってあげるだけです。

これであなたは、「本気になることを一貫して拒みたくなる要因」のひとつから逃れることができます。

あとは、私たちが大人になる課程で身につけてしまった、ある「行動理念」を疑えばいいだけです。

それは、

「正直者はバカを見る。要領よくやるのが賢いやり方」

というある種の正しさです。

いまはどうかわかりませんが、私が大学生のころ、試験前になると、多くの人が「ノートを集める」という作業に奔走していました。

要は、一般教養などの、自分があまり出席しなかった授業に真面目に出ていた人から、ノートのコピーをもらって試験に備えるという、一種のサバイバル術です。

場合によっては、同じ人に自分の出席カードを書いてもらう「代返」までやらせることもあります。

このとき、私たちは心の中で、次のような序列を作っていたはずです。

「あまり重要ではない授業にもバカ正直に出席し続ける愚者。それを巧みに利用して、遊びながらに同じ単位をゲットしている自分という賢者」

効率、コストパフォーマンス、時短、選択と集中。ひと昔前のビジネス書でよく目にしたキーワードを、まさに実践している賢者の快感です。

このような正しさをもって生きているうちに、私たちの中には自然と次のような「行動理念」が培われていきます。

「本当に重要なことのために、エネルギーを温存しておかなくてはダメだ!」

ぜひ、この考え方と、私が提案する「何であろうと、目の前のことを本気でやる」とを比べてみてください。相反するどころか、賢者として生きてきた人には、絶対に受け入れがたい選択であることがわかるはずです。

なぜならば、私の「本気メソッド」を実行することはすなわち、自分が利用してきたあの「バカ正直な愚者」になることを意味するからです。

けれども、先の行動理念は2つの理由から確実にイリュージョンです。まず、

「本当に重要なことは、未来にはない!」

という点です。

私たちの人生とは、一段ずつクリアしていくしかない長い階段のようなものです。それぞれの段には、最初からプライオリティーなどありません。目の前の段を登らなければ、次の段はないという意味で、すべてが重要なのです。

大学時代に、ひとつの試験を省エネで乗り切ろうとする人は、卒業するまで、エネルギーをフルで発揮する「重要なこと」に出会えなかった可能性は大きいと私は予想します。

そもそも、「未来」という時間は存在しません。当然ですが、そこに置かれているであろう「重要なこと」も同じように実在しないアクションです。

その「本当はないもの」のために備えるなどという考えは、まさにイリュージョンとしか言いようがないのです。

次に、

「エネルギーはけっしてなくならない!」

という点です。

残念ながらこれは、言葉で説明して伝わるような話ではありません。実際に、その瞬間にすべてのエネルギーを注ぎ込んでみて初めて、「おお、意外と減らないねぇ」と実感できることです。

再び断言しますが、私たちにエネルギーを温存する必要など、欠片もありません。それだけでなく、私はこの取り組みをとおして、

「本気でやらないほうが、数倍もエネルギーを消耗する」

というかなり重大な事実に気づくことができました。

さて、すべてはそれぞれの人生観で決めることです。賢者の道を行くと決めたなら、それを貫くのがいいでしょう。

でももし、「心は本気を発揮したいと言っているのに、なぜか実行できない」と感じているなら、今話で書いた2つのことを手放すところから始めてください。

① 目の前の行動や仕事に「色」をつけること。
② 要領よくやるのが賢いやり方と考えること。

せっかくなので、明日以降、もう少しこの話を続けようと思います。

「なぜ、そこまでして本気にこだわるのか?」「で、どうすれば、外的な要因や体調などに影響されずに、いつでも本気モードを発揮できるのか?」など、まだまだ話題は尽きません(笑)。