ゆっくりと流れる時間の中で解像度を上げる

dav

今日は「解像度」について考えてみたいと思います。

パソコンのディスプレイ設定を開くと、次のような数字が並んでいます。

「1024×768、1280×1024、1600×1200、1920×1080」

また、デジカメの性能を、100万画素、200万画素、500万画素などの「画素数」で表すことがあります。

どちらも、数字が大きくなればなるほど、画像や映像を描写する「点」の数が増えるため、よりきめ細やかでキレイに見えるようになります。

実は、私たちの中にもこの解像度に似た「きめの細かさ」のようなものがあり、それによって雑な仕事と心のこもった仕事の違いが生まれるのではないかと私は考えています。

たとえば、正方形の折り紙を半分に折る場面があったとします。下の辺を上の辺にピッタリと重ね合わせれば、真半分に折ることができます。もし、その合わせ目が合っているかどうかを確認する目の解像度が低ければ、少しくらいズレていても気になりません。

けれどもそのようにして折ったものを、500万画素を誇るような目の持ち主が見れば、あり得ないくらいズレていると言いたくなってしまうのです。

では、どうすれば私たちは「仕事における解像度」を高められるのでしょうか。

答えはズバリ、

「意識の中で時間の流れを遅くする」

ことです。

ひとつの演技に4回転ジャンプを何度も盛り込むような、超一流のフィギュアスケーターをイメージしてみてください。彼らが4回転を飛ぶのにかかる時間は1秒足らずだと思います。

そのわずかな時間の中で、選手たちは身体の傾き方や手足の表現など、さまざまな質を高める努力をしています。おそらく、私たちの1秒よりも圧倒的にゆっくりと流れる時間を感じていなければ、そのような工夫は不可能なはずです。

ただ、万人にとって1秒という間隔は同じなので、実際には1秒を捉える意識の「解像度」を上げることで、結果として時間の流れを遅くしているわけです。

そしてその具体的な方法は、

「いまここで目の前にことだけにフォーカスする」

以外にありません。

私たちは何かをしながら、つねに「次にやること」、すなわち未来に意識の多くをもって行かれています。この状態は、

「時間の上を滑っている」

ようなものです。

ひとつひとつの事柄にくさびを打ち込まずに、雑然と上滑りしている状態といってもいいでしょう。

もちろん、このとき私たちの解像度はかなり低くなっています。そこから生まれるアウトプットも当然、雑で荒いものになっているはずです。

実はこのとき、私たちの感覚の中で、一見、矛盾する2つの現象が同時に起こっていることに注目してください。

・時間を上滑っているので、アウトプットの量は少なく、質も低い。結果として、時間は早く過ぎていくように感じる。
・自分のアウトプットの質が低いため、やっていることに興味がもてない。結果として、時間が長く感じる。

両方を合わせると、

「なかなか終わらない退屈な時間の中で、間に合わない状態に追い込まれる」

というあの感じになるわけです。

ここから抜け出すためには、「意識の中で時間の流れを遅くする」ために、「いまここで目の前にことだけにフォーカスする」しかありません。

もっとわかりやすく表すならば、

「ゆっくりとていねいに目の前のことを遂行する」

ということです。

たとえば、それなりに長い時間をかけて誰かと話をする機会があったとします。これを絶好のトレーニングの場と捉えてみてください。

まずは時間を忘れて、相手の言葉だけに神経を集中します。言葉を受け取る際も、それについて反応したり考えたりする際も、あなたの中の解像度をどんどん高めていくように意識してください。

これまで上滑りだった会話を、高解像度で自分の中に取り込む感覚です。

これによって、相手の伝えたいこと、言葉にしなかった行間の感情、本当にほしいと思っているものは何かなど、以前には捉えられなかったさまざまな情報を受け取ることができるようになります。

もし手応えを感じたら、会話だけでなく、あらゆる場面でこのスローチャレンジと解像度を高める努力をしてみてください。これによって、先の真逆の感覚、

「あっという間に過ぎる充実した時間の中で、なぜかキッチリ間に合ってしまう」

という気持ちいい状態に自分を置けるはずです。

Photo by Satoshi Otsuka.