Good Vibes Workstyle

自分が苦手なことをどう克服すればいいか?

セミナーやパーソナルセッションでよくこんな質問を受けます。

「私は○○がとても苦手です。どうやって克服すればいいのでしょうか?」

「苦手」の中身は人によってさまざまです。「ある行動が極端に嫌い」「ある行動が不得手」「大きな音が恐い」「人に近づくのが心地よくない」「せかされるとパニックになる」などなど。

おそらく、誰もがひとつやふたつはこれに似た悩みをもっているのではないでしょうか。そこで今日は、「自分の短所や欠点とどう向き合えばいいのか?」について考えてみようと思います。

まず、この問題に対する私の基本的なスタンスを明らかにしておきましょう。

「自分が苦手なものなど気にせずに放っておけばいい」

なぜならば私は、「苦手」もまたその人の完璧な「個性」の一面だと思うからです。拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』でもまったく同じことを書いています。

個性とは片方を押すと反対側が飛び出るゴムまりのようなものです。押してへこんだほうが「ぼこ」(短所)、飛び出た反対側が「でこ」(長所)だとすると、凹を戻してしまえばその分だけ凸のとんがりも減ってしまいます。
私たちは無意識のうちに、自分や自分の子どもを完全な球体にしようと努力しているのかもしれません。

私たちの個性とは「凸」と「凹」が織りなすハーモニーのようなものです。へこみととんがりがセットになって、ひとりの人間が形作られているということです。なぜ、その大切な構成要素の片方だけを忌み嫌い、変えたいとなどと思ってしまうのでしょうか。

先の引用では便宜上、「ぼこ」や「でこ」に短所、長所という一般的なラベルをつけていますが、本来はどちらも私たちの勝手な「意味づけ」に過ぎません。

おそらく、その時代の常識やトレンド、社会的な優位性などと照らし合わせたとき、不利や不都合が起こりそうな特性を「短所」「欠点」「弱み」と呼ぶのだと思います。

まずはこの、

「世の中の価値観や、他人との比較からイメージした理想像に、自分を合わせようとするのをやめる」

ことが重要だと私は考えます。

もうひとつ、「○○がとても苦手」というときの私たちは、ほぼ例外なく自分自身の「不足」にフォーカスしている事実に注目してください。

理由はよくわかりませんが、私たちの多くが自分自身を「成長すべき存在」と見ているようです。つねに上昇志向で生きているといってもいいでしょう。

「自分は何もできないちっぽけな存在として生まれてきた。だからさまざまな努力を重ねて、価値ある存在に成長しなければならない!」

もちろんここでいう成長が、スキルや知識、経験などを指しているなら私もそのとおりだと思います。私自身、執筆、編集、演奏、作曲、コンサルティング、ファシリテーションなど、仕事に関わるさまざまな能力を磨いてきました。

けれども、「○○がとても苦手」と「不足」について思い悩んでいるとき、私たちはあとづけで得る能力ではなく、もっと本質的な、

「生まれながらに手にした価値を疑っている」

ように思うのです。

繰り返しますが、個性とは「凸」と「凹」のハーモニーです。それは、それぞれの人にとって完璧に調和するようにアレンジされた唯一無二の組み合わせです。

この、すべての人が生まれながらにもつ「違い」を信頼して初めて、私たちは個性を輝かせることができるのではないでしょうか。

スキルやあとづけの能力はたしかに高めることができます。けれども、存在としてのあなたは、けっしてちっぽけなところから価値あるものへと上昇していくわけではありません。

「○○がとても苦手」という特性や資質も含めて、

「あなたは最初からパーフェクトな存在であった」

ということです。

最後に、もう少し別の角度からこの悩みを解消する方法を書いておきましょう。バックナンバー「他人の言動に負の妄想を抱かないための修正」で、

「自分を見るように他の人を見る」

という話をしました。

生まれて一度も悪口を言ったことがない人は、「誰かが自分の悪口を言っている」と想像することもできないという、単純な仕組みについて解説した記事です。

当然、この真逆もあり得ます。

「他の人を見るように自分を見る」

もしあなたが、日ごろから他の人の欠点ばかりを気にして、それを望ましくないと感じていたとしたらどうでしょう。自分に対しても同じ見方をしてしまうのは必然です。あなたの「苦手」にもまったく同様の評価を下すことになるでしょう。

ぜひそこで、相手を否定するのではなく、

「なるほど、いま自分はこの人の個性の凹の部分を見ているんだな。じゃあ、セットになっている凸はどうなっているんだろう?」

と、興味をもってハーモニーを見つける習慣をつけてください。

「どこを探しても見あたらない」ということも少なくないでしょう。けれどもそれは、あなたの価値観や美意識などに相手の凸がひっかからなかっただけのことです。「ない」のではなく、「まだ見つからない」か「いまの自分にはわからない」と捉えてください。

そうして習慣化された「相手の存在を尊重する見方」は、自分自身を評価する際にそのまま返ってきます。その答えは最初に書いたとおり、「自分が苦手なものなど気にせずに放っておけばいい」であるはずです。

そういえば、前話「割り込みが多くてやりたいことができない?」でも「他の人からの依頼」が自分の「役割」を教えてくれると書きました。「個性」の話もまったく同じ結論にたどり着きます。

「他の人の個性をハーモニーとして見られれば、自分の個性もわかる」

自分を知るためのかけがいのない存在としての他人。まさに、自他の区別がない「ひとつ意識」の世界で起こる奇跡なのだと思います。

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