Good Vibes Workstyle

本気が「自分は弱い存在」という妄想を消す

どんなときでも、グッドバイブスの出発点とゴールはここにあります。

「すべての人に絶対不変の価値と創造力が等しく宿っている」
「私たちは完璧な存在としてこの世に生まれてきた」

この前提なしには、自他の区別のない「ひとつ意識」も、何があっても平安を失わない「完全無欠のしあわせ」も実現しえないからです。

けれども、私たちのほとんどは、現在の自分を見て「たしかに不変の価値がある。そして完璧だ!」などとは感じられなくなっています。

その原因を生み出しているが、このところ連日のように書いている「イリュージョン」なのです。

私たちはいつしか、望ましくない出来事や、自分を攻撃してくるように見える他の人々から身を守る術として、

「現実がより危険なものに感じられるように、五感に負のフィルターをかける」

という荒技を思いつきました。

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正直な愚者とそれを利用して効率を得る賢者

あなたには心から愛する恋人がいたとします。私の場合、相手は女性なのでその人を「彼女」としておきます。

ある日、あなたが彼女の家に遊びに行くと、「ごめん、ちょっと会社でトラブルがあって、いますぐこの仕事をかたづけなければならないの」と言いながらかなり慌てていました。

それがどんな仕事か聞いてみると、なんと自分がいつも職場でやっていることとほぼ同じ内容ではないですか!

「おお、それならオレもできるよ!」と言うやいなや、あなたは彼女の仕事を手伝い始めました。

偶然にも2人の仕事がほぼ同じというのはできすぎた話ですが、プレゼン資料のグラフ作成や文章の校正、商品の梱包、宛名書きなど、手伝える類いの仕事がないわけでもありません。ここではそういうことにしておきましょう(笑)。

そのうえで質問です。

「もしその仕事が、ふだんから好きではないと感じているものだったとしたら、彼女のピンチを救いながらも、あなたはまったく同じ嫌な感覚を抱くでしょうか?」

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頼りにはならない「やる気」と縁を切る方法

昨日の記事を読んだある人から、「たしかに、自分の意志でいつでも本気になれるとしたらすごいことだと思います。でも、実際にはなかなかやる気が出ないんですよね」という話を聞きました。

私はその瞬間、「お、これはおもしろいテーマを見つけたぞ!」と思い、ちょっとうれしくなりました。それは、彼の短い言葉の中にあった2つの気、

「本気とやる気」

です。

まず私は、「ということは、本気になるにはやる気が必要なのか?」と考えました。次に、「だとしたら、いつも本気でやることをモットーに行動している自分は、どんなときでもやる気で満ち溢れているのか?」と自問してみました。

もちろん答えは「NO!」です。そもそも私は、子どものころから生粋のなまけ者でした。物心ついたときから今日まで、「できれば何もしたくない!」が口癖です。

ということは、「やる気」がなくても「本気」になれるということなのでしょうか。考えれば考えるほど謎は深まるばかりです。

そこで今日は、その答えを解き明かすために、「本気」と「やる気」の違いを探ってみようと思います。

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サボりたくない自分に会うまで本気でサボる

先日、とある知人から「倉園さんのグッドバイブスは、とてもストイックで完璧主義だと思います」と言われました(笑)。なるほど、おっしゃることは私もよくわかります。

おそらく、拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』やこのブログで書いている2つのことが、そのような印象を与える大きな要因になっているのだと思います。

ひとつは、「ゼロかイチか」の話が多いという点です。

「ひとつ意識か、バラバラ意識か?」
「いまここにいるか、いないか?」
「平安な心でいるか、恐れや不安を抱いているか?」

これらすべてにおいて、たとえば「いまここに6割、未来に4割くらい意識が行っている」などの「中間の状態」はありえません。1割でも過去や未来のことを考えたとしたら、けっして「いまここ」にいられなくなるからです。

「平安な心」も同様です。ほんのわずかでも「恐れや不安」を抱いた瞬間に平安ではなくなってしまうので、あたりまえといえばあたりまえの話なのです。

そして、もうひとつはやはり、

「目の前のことを本気でやる!」

という、一般的にはかなり受け入れがたいメッセージではないでしょうか。

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まずい事態を想定して保険を打つのをやめる

このところ、連日にわたって「イリュージョン」について書いています。何よりも、このシリーズで私が伝えたいのは、

「私たちは、現実とイリュージョンの2つの世界を往復しながら生きている」

という事実についてです。

バックナンバー「イリュージョンから抜け出すためのメソッド」で書いたように、「現実」にいるときの私たちは、自分や他の人々、そしてこの世界のありのままを知ろうとしています。五感によって外の情報とつながる「外向きモード」です。

反対に、「現実」を見ようとせずに、想像や予想によって、自分の頭の中だけで答えを出そうとするとき、私たちは「イリュージョン」のほうにいます。これが五感を閉ざして世界から切り離された「内向きモード」です。

要は、現実を把握する前に、「思考」に頼って何かを先取りしようなどと思わなければいいだけなのですが、多くの人にとってそれは「言うは易く行うは難し」となっています。

そこでたまには、「思考」ではなく「行動」のほうにスポットを当ててみようと思います。考えを止めることに比べれば、目に見える「行動」を変えるのはそれほど難しくないからです。

そして、「妄想を生み出しやすい行動」というのがたしかにあります。今日は、私も日々、「絶対にしない!」と心がけている禁じ手のひとつを紹介します。

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人生からいっさいの攻撃を手放すという選択

そういえば最近、「スパルタ教育」という言葉をあまり聞かなくなりました。私が子どものころは、「スポ根」(スポーツ根性もの)と呼ばれるジャンルのマンガが大流行したせいもあり、どちらかというと、ポジティブな意味で使われていたように思います。

その解釈は人によって異なるでしょうが、ときには体罰も辞さないほうど厳しく教育したほうが、強くたくましく、少々のことではへこたれない良質の人物が育つという発想だと私は捉えています。

昭和37年生まれの私は、もちろん、小中高の学校生活を通して、さまざまなスパルタ教育を体験してきました。教師の暴力が日常茶飯事だった時代です。正確な数は覚えていませんが、授業や部活の中で、おそらく年間に100発くらいは殴られていたはずです。

想像ではなく、この身体でそれを受けてきた経験から「スパルタ教育」の本質を解き明かすとするなら、それは、

「さまざまな攻撃によって、恐怖を植えつける」

手法だと思います。

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評価や比較から解放されて本当の自由を得る

これまで、3話にわたって「理想の自分」「有意義な時間」「自己実現」のすべてが、イリュージョンであることを疑ってきました。

基本的にはどれも、しあわせの条件を自分の外側に置き、「自他が競合する」ことを前提とした発想です。同時に、「人生は短い」という「恐れや不安」に基づく未来志向によって、「いまここ」にいることを難しくする考え方でもあります。

『グッドバイブス ご機嫌な仕事』では、これらを「バラバラ意識」と呼びました。

多くの場合、イリュージョンの反対側には現実があります。だとすれば、「バラバラ意識」の対極にある「ひとつ意識」の世界から眺めてみれば、「自分とはどういう存在か?」を知るための、別の方法が見つかるということになります。

そこで今日は、4話連続の完結編として、前話の最後に書いた、

「自他の利害が完全に一致した状態で、他の人たちとのつながりの中で、自分とはどういう存在かを教えてもらう旅」

を実践形式でたどってみようと思います。

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