新刊『不安ゼロで生きる技術』全国書店やオンラインストアで絶賛発売中!

バラバラ意識から抜け出すための唯一の方法

今日はこんな質問から始めてみましょう。

「バラバラ意識とひとつ意識、私たちが生まれた瞬間にもっていたのはどちら?」

自然界のあり方はどうか、人間以外の生物はどうかなど、この謎を解くためのヒントは、私たちのまわりに数多くあります。

でも、やはり私は、これまでに何人ものお母さんにインタビューして得た次の答えこそ、もっとも信頼できる根拠だと考えています。

「生まれたばかりの私の子どもは、間違いなくグッドバイブスでした!」

そしてこれが、拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』で「ひとつ意識」を、

「自分と他の人々、それを取り囲むこの世界の森羅万象はもともとひとつである」

と定義した理由でもあります。

肝心なのは「もともと」の部分です。おそらく、私たちは最初から「ひとつ意識」をもっていたはずなのです。

そうでなければ、大きな災害に遭っている人たちを見たときに、「とても他人ごととは思えない」と感じたり、自分の損得を抜きにして支援活動を行ったりするはずがありません。

すべての人の中には、いまでも「ひとつ意識」が消えることなく残っています。それが何かのきっかけで思い出されて、抑えきれない衝動のように、パッと発揮される場面があるのだと私は解釈しています。

ではなぜ、そんな私たちが、ふだんは他の人とのあいだに強固な壁を築き、自分をこの世界から孤立した存在とみなす「バラバラ意識」で生きているのでしょうか。

すべては、このブログで繰り返し書いてきた、「自分とはこの身体だけである!」と捉え始めたときから、私たちの中に巣くうようになる「自我」の仕業です。

先のお母さんたちの証言のとおり、もともとの私たちは、

「絶対不変の価値を携えた、グッドバイブスな存在」

でした。

自我によって、それが次のように変貌していきます。

「外的な要因によって傷つき、いつか朽ち果てて消える、もろくて儚い存在」
「他の人から完全に切り離された、孤独な存在」

同時に、そのような弱い自分を守るために、望ましくない未来を予測したり、出来事や他人の言動に負の「意味づけ」をしたり、「罪と罰」の概念を生み出したりしながら、「仮想のバリケード」を張り巡らすようになります。

これによって私たちは、

「将来はきっとよくないことが起こるに違いない!」
「この出来事には十分に気をつけておかないと酷いめに遭う!」
「あの人もこの人も、油断ならない要注意人物だ!」
「簡単に人を赦していたら、もっとつけあがるだけだ!」

といった、危険だらけの世界を自分のまわりに創り出してしまうのです。

これが、自我が私たちに強いてくる、「現実をありのままに受け入れるのではなく、より危ないものに見ておくほうが安全!」という戦略です。

自我はいつでも、

「できるだけ、自分に不都合なイリュージョンの中で暮らしなさい!」

と言っているのです。

当然ですが、そのようなイリュージョンに生きていれば、24時間365日、休まることなく「恐れや不安」を抱き続けることになります。

つまり「バラバラ意識」とは、「恐れや不安」で手足をがんじがらめに縛られ、他の人々やこの世界とつながることができなくなった状態でもあるのです。

ではここで、海外のドラマでよく見かけるあのシーンを思い出してください。主人公である潜入捜査官のあなたは、ようやく捕らえた犯人とともに、第三の敵に拉致されています。

暗い倉庫の中で、あなたも犯人も両手両足を縄でグルグル巻きにされ、まったく身動きがとれない状態です。このまま脱出できなければ、数時間後には第三の敵が戻ってきて、2人とも始末されてしまうでしょう。

このピンチから逃れる方法はたったひとつです。

まず、あなたが、たまたま落ちていたガラスの破片を使って、後ろ手のまま犯人のロープを切ります。次に、両手が自由になった犯人があなたのロープを外し、最後は互いの足に巻かれた縄をほどけばいいのです。

あなたにとって犯人は仇敵でしたが、2人の協力なしに、この脱出劇が成功することはありません。いったんは休戦ということにして、ピッタリと息を合わせながら、一連の縄抜けを行うでしょう。

実はこのやり方こそが、「バラバラ意識」から抜け出して「ひとつ意識」に戻るための、唯一の方法だと私は考えます。

あなたと、あなたの嫌いなAさんがここにいます。双方ともに自我が命じるままに危険なイリュージョンを創り出し、「恐れや不安」という手かせ足かせをはめられています。このままでは、あなたとAさんが「ひとつ」につながることはありません。

ただ、それぞれの手かせ足かせには、次のようなトリックが仕掛けられています。

「自分のものは完全に外せないが、相手のものなら外すことができる」

ここでいう手かせ足かせとは「恐れや不安」のことです。言い換えてみましょう。

「自分の恐れや不安は完全には消せないが、相手のものなら消すことができる」

それならば、先の捜査官と犯人のやり方に習えばいいだけです。

互いに「バラバラ意識」に囚われているあなたとAさんが、そこを脱出して「ひとつ意識」の平安を得るためには、

「あなたが率先して、相手の恐れや不安を解き放つ」

しかないのです。

「恐れや不安」を外してもらったAさんは、あなたの手かせを解いてくれるでしょう。少し自由になったあなたが、今度はAさんの足かせを取り除き、最後に残ったあなたの「恐れや不安」を、Aさんが消し去ってくれれば完了です!

「与える」とは、このプロセスを実行することにほかなりません。そのように捉えて、これまでに書いてきた「与える行動」を読み直してみてください。

相手から、もっとも自分がしてほしいと思うことを、先に相手に与える。
他の人から依頼されたことは、原則として即座に本気で行う。
おかしな言動をする人の言葉や行動に反応せず、恐れや不安を探して取り除く。

どれも、こちらが「率先して与える行動」です。

なぜ、こちらが先に与える必要があるかの理由はすでに書いたとおり、相手の「恐れや不安」はあなたにしか消すことができないし、まずそれをしなければ、あなたの「恐れや不安」を相手に取り除いてもらうこともできないからです。

人によっては、3つの「率先して与える行動」が、道徳の教科書にある文言のような、安っぽいものに見えるかもしれません。

あるいは、我が身を犠牲にして他人に尽くすといった、究極的には実行されることのない偽善的なスローガンのように感じるかもしれません。

ぜひ、「バラバラ意識」にいる私たちは、絶体絶命の窮地にいるとイメージしてください。モラルや道徳のことなど考えている暇はありません。「そんなことをすれば自分だけが損をする」などと呑気なことを言っている場合でもないのです。

宿敵だろうとなんだろうと、「ひとつ意識」への脱出を目指して、彼や彼女を「与える」相手に選んでください。ほかでもない、あなた自身が手かせ足かせから自由になるためです。

グッドバイブスの旅はひとりでは絶対に完結しません。家族、恋人、友人、同僚、上司、部下、顧客など、最低でもひとり以上のパートナーが必要です。

だからこそ、

「与えた瞬間に与えられる」

これが、この試みを成功に導いてくれる魔法の言葉になるのです。

Photo by Satoshi Otsuka.