Good Vibes Workstyle

解像度を高く保てば仕事に飽きることはない

拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』では、仕事を次のように定義しました。

「仕事とは、自分の個性から導き出された役割に沿って、この世にない新しいものを創り出し、それを誰かのために役立てること」

自分の創り出したものを誰かに手渡しながら、その人の人生に貢献する。本来、バラバラであった私たちが、それぞれの「役割」を媒介にしながら「ひとつ」につながっていく。ここに仕事の本質があると私は考えます。

そして、好きなこと、得意なこと、他の人から依頼されること、偶然に導かれたことなどをミクスチャーしながら形作られる「個性から導き出された役割」は、ひとりの人生に無数に存在するわけではありません。

私の経験則では、たいていは3つか4つ、多い人でも10未満だと思います。だからこそ、ひとつでも「これが自分の役割だ!」と思えるものを見つけられたなら、大切に大切に育てていくべきなのです。

ただ、それをやろうとすると、

「いつかはその仕事に飽きてしまうのでは?」

という懸念が生じることも事実です。

そこで今日は、「どうすれば、飽きることなく自分の役割を極めていけるか?」について書いてみようと思います。

まず、ひとつの大きな誤解を手放すところから始めましょう。おそらく私たちは、

「同じことを繰り返していると、いつか飽きてしまう」

という公式を信じています。「同じことの繰り返し」に対してある種の「恐れや不安」を抱いていると言ってもいいでしょう。

場合によっては、まだそれほど飽きていないにも関わらず、「このままではきっとマンネリになってしまう。何か新鮮さや刺激を加えなければ!」と、先回りして対策を講じようとすることさえあります。

結論から言うと、「同じことを繰り返すと飽きる」は、私たちが頭で創り出した「妄想」にすぎません。なぜならば、

「この世界では、まったく同じことは行えない」

からです。

私はお笑いが好きで、よく新宿の「ルミネtheよしもと」に漫才やコントを観に行きます。同じ劇場に何度も足を運んでいると、同じ芸人がまったく同じネタをやる場面に遭遇することがあります。

一瞬、「これ前に観たヤツだ。なんか損したなぁ」とガッカリするのですが、実際に演目が始まってみると、そんな思いはたいてい吹き飛んでしまいます。私の予想に反して、あらゆることがまったく同じではないからです。

まず、本人たちの感じが違います。テンションもテンポも前回とは別ものです。そして何よりもお客さんがまったく違います。女子高生が多くて黄色い声援が飛び交う日もあれば、大人ばかりで落ち着いた雰囲気の日もあります。

そしてたぶん、それを観ている私の状態もけっして同じではありません。これら無数の「違い」が相まって、毎回、毎回、ユニークな空間が創造されるからこそ、私はいまでも「ルミネtheよしもと」に行くのだと思います。

よく「商いは、飽きないもの」と言われますが、飲食店や小売店など、身のまわりを見渡してみれば、それこそ何万回もの繰り返しが行われている商売の現場はいくらでも見つかります。

でも不思議なことに、人気の店であればあるほど、そこで働く人から「飽き」を感じることはありません。なぜそのようなことが可能なのでしょうか。

それはほかでもない、彼らが、

「同じように見えて、毎分、毎秒、新しいことが起こっているいまここ」

に気づいているからです。

このような感性を私は、

「自分の仕事を見たり感じたりする解像度が高い状態」

と呼んでいます。

試しに、あなたの一日の仕事ぶりをザックリと描写してみてください。9時に出社、10時に会議、2時間ルーチンワークをやって12時に昼食、13時に取引先と打ち合わせ、15時に休憩したあと、再度ルーチンワークをやって18時に退社。

一週間にわたって同様の記録を取ったとしたら、その印象は間違いなく「同じことの繰り返し」であるはずです。これがまさに「解像度が低い状態」の見方です。

ではもし、同じあなたの一日を、いま話題の8Kスーパーハイビジョンで、1秒間に20万コマの高速度技術を使って撮影したとしたらどうでしょう。おそらく、一日たりとも同じ映像が記録されることはないでしょう。こちらが高解像度の感性です。

私たちが自分の仕事に飽きるかどうかの分かれ目がここにあります。「同じことを繰り返していると、いつか飽きてしまう」のではありません。

そうではなく、

「解像度が低くなることが原因で、自分の仕事があたかも同じことの繰り返しのように見え始めたときに飽きる」

のです。

では、何をすると私たちはそのような状態に陥るのでしょうか。答えはこれ以上ないほどシンプルです。

「流す、適当にやる、手を抜く」

をやればやるほど、仕事に対する解像度は低下していきます。

そして多くの場合、流したり、適当にやったり、手を抜いたりしたくなる理由は次の2つにあります。

① 期待するほど他の人からの評価や反応が得られなくなった。
② 同じジャンルの他の人と比べて、自分が劣っているように感じるようになった。

何らかの理由で、上司からほめられなくなった、顧客や読者、視聴者、観客が減ったなどが①です。同僚の仕事ぶりや、同業者の活躍を目の当たりにして、劣等感をもつのが②です。

どちらも、長く仕事をしていれば、一度や二度は誰もが直面することになる「あたりまえ」の経験にすぎません。ここで踏ん張れるかどうかが試される正念場でもあります。

そんな場面でいじけたような気持ちになって「流す、適当にやる、手を抜く」を選択すれば、当然、私たちの解像度は低くなります。その結果、自分の仕事が「同じことの繰り返し」に見えるようになるのです。

これが「仕事に飽きる」のメカニズムです。

飽きないための対処法もいたって単純です。①にも②にも、少なからず妄想が含まれています。そんなものにエネルギーを奪われる前にキッパリ手放して、「流す、適当にやる、手を抜く」の反対を選択すればいいだけです。

「いまここで、目の前のことに最大のエネルギーを注ぎ込む!」

拙著でいうところの「本気を出す」です(笑)。これさえ実行すれば、あなたの解像度はほぼマックスのところまで高まります。

顕微鏡で自分の仕事を眺めているかのように、数々の穴や修正点が見つかるでしょう。「できた!」と思っていたことの中に、実はまだ完成度を高める余地が残っていたことに気づくでしょう。

そんなとき、私は決まって、

「おお、やっぱりこの世界は深いなぁ。極めていくと終わりなんてないなぁ」

と感じます。そして、その感覚は、

「そうか、受け取ってくれる人のために、自分はこの仕事をやっていたんだった」

という重大な事実も思い出させてくれます。

「商いは、飽きないもの」は「飽きてはダメ!」という精神論ではなく、本気で突き詰めれば、飽きる暇などないという事実について語った言葉なのだと思います。

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