拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』やこのブログを読んで、「いまここにいることの大切さはわかったのだけど、やはりそれを実践するのは難しい」と感じている人は少なくないと思います。
今日は、なぜ私たちが「いまここ」にいようとすると、得体の知れない抵抗を感じてしまうのか、どうすればそのような壁を取り払えるのかを考えてみましょう。
最初に、なぜ私が「いまここ」にこだわるのかを再確認しておこうと思います。挙げればキリがないほど無数の理由がありますが、まずは次のような状態から抜け出すためです。
「私たちは人生の多くの時間を、正確には予想できない未来について考えることに費やしている。その思考はかならず望ましくない妄想を生み、私たちに恐れや不安をもたらす」
このことは、実際に「いま自分が悩んだり不安に思ったりしていること」を書き出してみればすぐにわかります。おそらく、その多くは「まだ確定していない未来」に対する懸念であるはずです。
これによって、私たちは膨大なエネルギーを未来に放出してしまい、とても残念なことに、自分の現実を変えられる唯一の時間、「いま」に動くための力を失っているのです。
では、なぜそのような弊害があるとわかっていながら、私たちは「未来の妄想」を手放して、「いまここ」にいようとしないのでしょうか。
その動機はとても単純です。
「どれだけ恐れや不安が沸き上がるとわかっていても、未来について考えることで、恐ろしい出来事から自分の身を守れると思い込んでいるから」
にほかなりません。
悩みを抱えようと、エネルギーを失おうと、未来について考えることには、それを超える大きなメリットがあると私たちは信じているのです。
ぜひ、このような信念があなたの中に大きな葛藤を生み出すことに注目してください。それはまるで、あなたの中に2人の自分がいて、どちらが主導権を握るかを争っているような感じです。
私はこれを自分の中にいる「2人の指導者」と捉えています。未来について考えていたい「未来大統領」と、それを手放したいと望む「いまここ大統領」です。
両者の利害はつねに対立します。それぞれの掲げるマニフェストが完全に正反対だからです。
【未来大統領】「悩みや不安を抱く代償を払っても、恐い出来事から身を守るために未来について熟考したい!」
【いまここ大統領候補】「悩みや不安から解放されたいので、未来の予測を手放していまここにいたい!」
この2人の指導者が分刻みで権力争いをしているとします。何十年ものあいだ政権を握ってきたのはもちろん「未来大統領」です。けれども、あなたは拙著やこのブログ、あるいは他の書籍などを読んだことで、「いまここ大統領候補」に惹かれ始めています。
ぜひ、「未来大統領」の立場に立って、
「もし、“いまここ大統領候補”に全権を掌握されてしまったらどうするか?」
をイメージしてみてください。
「いまここ大統領」の統治下ではもう「未来の予測」をすることは許されません。それが自分の身を守る唯一の方法だと信じている「未来大統領」にとっては「狂った世界」の出現を意味します。まさに死活問題です。
おそらく、考えうるあらゆる手段を騒動員して、政権に就いた「いまここ大統領」を権力の座から引きずり下ろそうとするでしょう。
たとえば、「いまここ」にいる私たちの耳元で執拗にこうささやきます。
「いまここになんていたら、自分の身を守れなくなるぞ!」
「そんな刹那的な生き方がしあわせをもたらすはずがない!」
「計画を立ててリスクヘッジをすることこそ、賢い生き方じゃないか!」
「あちらが主張する悩みや不安なんて、我々人間が抱える宿命のようなもの。そこから解放されようなんて夢物語だ! もっと現実的になってくれ!」
これらはすべて、私たちが何十年ものあいだ信じてきた考え方そのものです。当然ですが、その説得力たるや絶大です。あっという間に「やっぱりそうだよなぁ」という気にさせられ、幼いころから慣れ親しんだ「未来大統領」を支持したくなってしまうのです。
「やっぱり、いまここにいるのは難しい」と考えるとき、私たちの中でこのプロセスが起こっていると思ってください。
ひとつの国にはひとりの大統領しか就任できないのと同じように、私たちも、未来について考えるか、「いまここ」いいるかの二者択一が迫られています。90パーセント「いまここ」にいて、10パーセント「未来を考える」などという妥協はできないということです。
では、どうすれば「未来大統領」のささやきに耳を貸すことなく、「いまここ大統領」だけを100パーセント支持できるようになるのでしょうか。
「未来について考えれば自分の身を守れるという主張にはまったく根拠がない」
という事実を徹底的に認めるしかありません。
私は以前、強度の高所恐怖症でした。幼稚園児のときにジャングルジムから転落して胸を強打し、しばらく呼吸ができなかったという恐い体験をしたことが原因だと思います。
あたりまえですが、そんな私は断崖絶壁に近づいたり、高い塀の上に登ったりはしません。このことは一見、「そういう場所に行くと恐い目に遭う」と未来を予測することで自分の身を守れているように見えます。
けれども、私にとって実生活における最大の問題は「落ちないことがほぼ確証されている高い場所に行かなくてはならないこと」でした。その代表が飛行機です。海外出張のための搭乗なので、逃げることも拒否することもできません。
空港のロビーにいるあいだ、「墜落したらどうしよう……」という未来の予測が頭から離れず、強烈な「恐れや不安」が怒濤のように押し寄せてきます。足はガクガク、汗が噴き出し、心臓も止まりそうなくらい早くなります。
離陸したとたんに気分がわるくなり、ワインをがぶ飲みしてとにかく寝ようとしますが、乱気流などで機体が揺れるたびに「墜落」という妄想が沸き上がってきます。できることといえばもう、焦燥しきったままお守りを握りしめるくらいしかありませんでした。
年に15回ほどの海外出張に行くたびに、文字どおり地獄の十数時間を過ごしていた私は、あるとき機内の中で重大な事実に気づきます。
「飛行機が墜ちると考えることに、何のメリットがあるんだ?」
さらにこう自問してもみました。
「おまえはこれまで、何十回と飛行機に搭乗して、そのたびに墜落の妄想から底知れぬ恐怖を抱いてきた。で、その予想は一度でも当たったことがあるのか?」
もちろん、答えは「NO!」です。現に私はこうして生きています。そのことを心から受け入れた瞬間、こんな言葉が降りてきました。
「だとしたら、もう妄想をやめればいいんじゃないか? もしかしたら、この機内で地獄を見ているのはお前だけかもしれないぞ」
たしかにそうかもしれないと思ったとき、最後の言葉が私に届けられました。
「お前は地獄を見たいのか? それとも心安らかに過ごしたいのか? どちらもいまこの瞬間に現実にできる。その選択をする意志は誰の手にある?」
私はまだ震える手で、それまで一度も使ったことのなかったヘッドフォンを取り、初めて機内放送の音楽を聴くという「選択」をしたのです。
墜落の妄想を手放すために、楽曲を奏でるすべての楽器に耳を澄まし、ベースラインやコードの流れを丹念に追い、ボーカルの表現を細部まで感じようとしました。
数分もしないうちに、先の言葉どおりのことが起こりました。飛行機の中がまるでホテルのラウンジのように感じ、静寂の中、私は平安な空気に包まれています。
私はたしかに「いまここ」の奇跡を目撃し、体験しました。そう、音楽に集中して「妄想を手放す」というたったひとつの「意志」を発揮するだけで、
「目の前の現実が一変した」
のです。
その後も飛行機に乗るたびに、「未来大統領」は私に「いやいや、墜ちるかもよ。安心してちゃだめでしょ!」とささやきかけてきました。けれども、その誘惑に負けたことは一度もありません。
なぜならば私は、
「もう二度とあの地獄には戻りたくない!」
と強く決心していたからです。
まとめましょう。「いまここにいるのが難しい」と思ったら、とにかく次のことを確認してください。
① あなたは本当に悩みや不安を解消したいのか?
② あなたは未来を妄想することに、微かなメリットも感じていないか?
③ 自分の現実を自分で創造するという確固たる意志をもっているか?
④ 「いまここ」のメリットを感じたあとに、以前の状態には絶対に戻りたくないと心の底から願っているか?
このひとつでも曖昧にしたままでは「いまここ」にいることはできません。瞑想や座禅のトレーニングを熱心に繰り返したとしても結果は同じです。
求められているのは、練習への情熱などではなく、
「しあわせでいたい! 平安でいたい! という強い意志」
であることを忘れないでください。
Photo by Satoshi Otsuka.
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