私は現在、セミナーやパーソナルセッションをとおして、さまざまな人の悩みに向き合う日々を送っています。中でも群を抜いて多いのが、「会社のやり方が納得できない」「会社の方針が自分と合わない」などの、「組織 vs 自分」の中で抱える苦悩です。
そこで今日は、多くの人が大なり小なり体験しているはずの「会社と自分が対立する」という問題について考えてみたいと思います。
まず、「会社のやり方が納得できない」と感じるときに、私たちの中で何が起こっているかを明確にしておきましょう。それはおそらく、
「自分が正しいと信じていることと、目の前で行われていることのあいだにギャップを感じる」
ということではないでしょうか。
「自分が正しいと信じていること」と、会社で行われていることのあいだにズレがあり、その違いを目の当たりにするたびに怒りや憤りを感じる。状況によってディテールは違っていても、これが「組織 vs 自分」のあらゆる悩みに共通する構図だと思います。
そして、一般的にはこの「自分の正しさ」は安易に変えてはならないものとされています。それは自分の哲学であり、ポリシーであり、美学であり、自分の存在意義でもあるからです。
ではここで、あらためて「その正しさはどのようにして培われてきたのか?」を思い出してみてください。親から教わったこと、学校で習ったこと、部活の先生に叩き込まれたこと、先輩や尊敬する人の言葉、書籍やセミナーで得た教訓といったところでしょうか。
人によっては、実体験としての苦い思いをとおして、自分自身で「こうあらねばダメだ!」と決意したことかもしれません。
いずれにしても、そのようにしてできあがった正しさは、あなたの中で「正義」や「善」、あるいはもっとビジネスライクに「成功の法則」といった色合いももっているはずです。
そんな「絶対の正しさ」に対して、あえてこんな質問を投げかけてみます。
「あなたが信じるその正しさは、どうすれば絶対に正しいと証明できますか?」
誰もがこの文言に強い抵抗を感じるのは重々、承知のうえです。答えに困るようなら、問いを次のように変えてもかまいません。
「なぜ、あなたは自分の考えが正しいと、強く確信しているのでしょうか?」
ぜひ、十分な時間をかけてこの答えについて考えてみてください。
私もかつては、「自分の正しさ」に絶対の信頼を寄せていました。このブログを読んでいる誰よりも強烈に正しさを振りかざす人間だったと自負しています。
しかも、相手が大きな組織であろうと、先輩であろうと、自分を助けてくれるために集まった仲間であろうとおかまいなしです。少しでも相手に「自分の正しさ」とのギャップを感じたなら、妥協することなく徹底的に抗戦しました。
「それが自分だし、そうしなければ自分でなくなる」
と信じていたからです。
当然ですが、そんな私が「自分である」ために行うことは、「自分の正しさ」に反する人たちを攻撃することでした。昨日まで笑って酒を酌み交わしていた友人にさえ、突如として喧嘩を売る始末です。
それを私は10年ほど前の、40代半ばまで続けていたのです。その結果はというと、ここで書くのも嫌になるくらい悲惨なものでした。多くの信頼できる仲間を失い、さまざまなプロジェクトが空中分解し、いくつかの仕事も失い、気がつけば何ひとつ成し遂げられていない孤独な自分がポツンとそこにいました。
ある日、そんな酷い状況を目の当たりにしてようやく目が覚めた私は、
「自分は本当のことを何も知らない」
という重大な事実を受け入れる決心をします。そうして『グッドバイブス ご機嫌な仕事』の執筆が始まったのです。つまり、この本は私にとって、多大な迷惑をかけた友人たち、同志たちへの懺悔の書でもあるわけです(笑)。
いまだから言えますが、つまるところ、
「自分が信じている正しさとは、私たちにとっての壮大な幻想」
に過ぎません。
そしてもし、「自分の正しさ」が幻想であるとしたら、私が排除し続けた「自分のポリシーに反する人」や、多くの人が憤りを感じる「会社の方針」とのギャップも、同じように幻想である可能性が高いのです。そもそもの基準が幻想なら、それとの違いなど最初から存在していないも同然だからです。
私はけっして会社や組織の肩をもっているわけではありません。もちろん、自分の信念を曲げて、長いものに巻かれろなどと言うつもりもまったくありません。そうではなく、
「自分だけが正しく、相手は間違っているとみなせば、かならず分離が起こる」
というこの世界のメカニズムを伝えたいのです。
私たちは分離の意識をもったまましあわせになることはできません。少なくとも私は、それを嫌というほど味わいました。ぜひ一度、勇気をもってあなたの正しさを手放しみてください。
おもしろいことに、あなたが絶対に正しければ、現在の悩みが消え去ることはありません。現状は膠着したまま何も変わらないからです。この問題を根本的に解決するためには、あたなの正しさと完全に一致する職場を探し続けるしか手はないでしょう。
ところが、もしあなたの正しさとは別の正しさがあるとしたら、それによってあなたが救われる可能性が生まれるのです。
だからこそ、
「自分は本当のことを何も知らないと認めることに希望がある」
のではないでしょうか。
ぜひ、正しさを手放した状態で、自分が働く現場をもう一度、見直してみてください。私も約10年間、正しさを手放し続けてきましたが、けっして難しくもつらくもありません。むしろ、手放せば手放すほど、それまで見えなかったさまざまな真実が姿を現すようになります。
そして、分離をもたらすような、力ずくで守らなければならないような正しさではなく、あらゆる人や組織を拒絶せずにすむ、もっと深遠で揺るぎない正しさが自分の中にあることに気づきます。
そこであらためて、「ああ、ここは自分の居場所ではないな」と感じたら、葛藤も躊躇もなく、すがすがしい気持ちだけをもって、次の場所へと旅立っていけるはずです。
Photo by Satoshi Otsuka.
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