ため息をついたとたん世界はため息色になる

信じられないかもしれませんが、ため息をつくと世界はため息色に変わります。なぜならば、それを可能にする創造力を私たちすべてがもっているからです。

もちろん、超能力のようなものを使って、自分の外側にそういう世界を構築するわけではありません。俯瞰的な視点で、ある人とそのまわりの世界を眺めたとしても、ため息によって何かが変わったようには見えないでしょう。

けれども、ため息をついた本人の頭の中は別です。おそらく、やっかいなことや、うまくいかないことに遭遇してその人はため息をついたはずです。そのとき、彼は「ああ、まいったなぁ」という思いをもって世界を見ます。

そうしてまず、彼の頭の中に「やっかいなことが溢れる世界」「うまくいかない世界」が創り出されます。ただし、これだけならまだその人の頭の中だけにある妄想や空想の世界にすぎません。当然、彼の外側にも変化は起こりません。

けれどもその後、「やっかいなことが溢れる世界」「うまくいかない世界」という見え方にシンクロするように彼の言動が変わっていきます。

つまり、「ため息をつきたくなる世界に生きる自分としての言動」が繰り広げられるわけです。結果として、最初は頭の中だけにあった「ああ、まいったなぁ」という思いが、少しずつ現実の世界に影響を与え始めます。

このようなプロセスを経て、「ため息色の世界」はたしかに彼のまわりに創造されていくのです。けっして、超常現象や不思議なパワーの話ではありません。

私たちはふだん、この頭で考えていることや、何かの思いを抱くことの力に気づいていません。そのため、しあわせになりたいと願いながら、とても安易に出来事や他人の言動に負の意味をつけてしまうのです。

もちろん、このような世界の捉え方はとても受け入れがたく、異論が噴出するであろうことは私も理解しています。

けれども、あらゆる物事には原因と結果があります。もし、目の前の世界が自分にとって望ましくないものだとしたら、その結果を引き起こした原因は「そのように世界を見ようとした自分の意志」かもしれないのです。

私はけっして、そういう自分の捉え方について反省すべきだとか、責任を感じるべきだとかを伝えたいわけではありません。

そうではなく、私たちのもつその同じ創造力を、自分が望む世界を創り出すことにも使えるんだという、素晴らしい可能性のほうに注目したいのです。

この次にため息をつきたくなったとき、こんな選択肢を考えてみてください。

「ため息をつきたくなったこのイヤな思いを手放したとしたら、そしてため息をつかないという選択をしたとしたら、私の見る世界はどう変わるだろう? そしてその後の私の言動はどう変わるだろう?」

仕事においても、人生においても、ここにしあわせを得るための大きなヒントが隠されていると私は考えます。

Photo by Satoshi Otsuka.